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北野大雲老師の京大講義録(1)

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北野大雲老師の京大講義録(1)

平成26年5月2日 京都大学講義録

 

公益財団法人・長岡禅塾の北野です。

すでに藤田正勝先生からご紹介いただいていると思いますが、禅塾について私の方から改めて少し紹介させていただきます。

禅塾は主として大学生を対象とする日本で唯一の禅道場です。

それから禅塾は「公益財団法人」であって「宗教法人」ではありません。

ですから、建物や塾内での生活は禅寺に準じていますが、いわゆる「寺院」ではありませんから檀家などもありません。

塾を運営するための費用はもっぱら協賛企業の寄付によって賄っています。

特筆すべきことは、禅塾の第二代塾長が森本省念という方で、その方は京都学派の学祖である西田幾多郎の高弟であったことです。

塾での生活等、さらに詳しいことは禅塾のホームページ上に記載していますので、興味のある方はご覧ください。

 

さて本日私がお話しすることになっているテーマは「禅と京都学派の哲学」です。

しかし限られた短い時間の中でこのテーマの全般についてお話しすることはとてもできません。

それでそうした全般的な話については、私が以前に他の方と編集した『禅と京都哲学』(京都哲学撰書全三十巻の別巻、燈影社、二〇〇六年)がありますので、関心のある人は図書館で見ていただければと思います。

私はその本の中で片岡仁志という先生を取り上げています。

この方は若い頃から禅の修行をされ、印可証明を受けられていました。

(西田の弟子の中では、他に森本省念老師、久松真一、西谷啓治の三人が印可証明を受けています)。

この点で西田とは師・弟子の関係をこえた知音の間柄でもありました。

片岡の専門は教育学でした。

それで禅的指導によって長野や京都で女子の高等教育に尽力されました。

その後、京都大学の教育学部の教授になられました。

 

前置きはこれくらいにして本題に入りたいと思います。

京都学派の哲学とは言うまでもなく西田幾多郎およびその門下生たちの哲学の総称です。

その西田の哲学が禅と深く関係していたことは広く知られています。

この点に関して森本省念老師はかつて西田に次のような質問をしました。

「先生の哲学は西洋哲学研究から出来たのか、禅体験から出来たのか」。

そして森本老師は書いています。

「先生ははっきり云われました、両方からだ」と。

では、どのように両方からなのか。

それは二つの異なった要素を足して二で割るような仕方でなかったことは言うまでもありません。

ではどのようであったかと言いますと、それは禅体験でつかんだ「これだ」と思う真実を基礎にして、一切を西洋哲学の概念を借りて説明するという具合であったと言えます。

西田はそこのところを最晩年に次のように述べています。

「背後に禅的なるものと云われるのは全くさうであります。・・・禅といふものは真に現実把握を生命とするものではないかとおもひます 私はこんなこと不可能であるが何とかして哲学と結合したい これが私の三十代からの念願で御座います」(昭和18年2月19日、西谷啓治宛て)。

 

そこで、西田哲学を研究しようとすれば、どうしても「禅とは何か」ということが問題になってこざるを得ません。

私は今それを簡単に「絶対無(無的主体、無相の自己)による日常の生活」だと一応言っておきたいと思います。

(すぐ後で分りますように、実は、これが禅だというものはありません。禅は禅でないのが禅であると言われたりします)。

禅は非常に具体的、現実的です。

禅の言葉で言えば、「屙屎送尿着衣喫飯、困んじ来れば臥す」という具合です。

つまり、大小便をしたり、衣服を身に着けたり、食事をしたり、疲れたら横になったりすることに他なりません。

禅とはつまり当たり前のことを当たり前にすることです。

この当たり前のことを、岡山の曹源寺に住持していた儀山は、ある僧から「如何是仏法大意」と問われて、「私しゃ備前の岡山育ち、米のなる木はまだ知らぬ」というふうに答えました。

禅というものは大変難しいものと思っていたが簡単じゃないか、まだ修行中だった若き臨済はそう考えて師匠の前で偉そうにも「仏法無多子(仏法はなにも小難しいことではなかったわい)」と言ってのけ、師匠から叱られています。

皆さんも禅というのは当たり前のことをすることだと聞けば、簡単なことだと思うでしょう。

しかし、実際の日常生活においては、春の小川のようにさらさら流れていかないのが普通ではないでしょうか。

大小便といった生理的なことならともかく、衣食といった簡単そうなことですら、私たちは選択に迷たりすることがあって、なかなか容易ではありません。

社会生活を営むとなるとそれどころではなくなります。

それこそ七転八倒することになります。

ですので、常に春の小川のようにさらさら流れる生活、それが禅の生活ですが、そのように生きてゆくことは簡単のように見えて、実は至難のことであるのです。

(ここに特別の修行が必要とされる理由があるわけです)。

 

禅が日常的、現実的、具体的であることを禅のテキスト(語録)から少し紹介しおきます。レジュメの番号(十)のところをご覧ください。

 

例一、「趙州因僧問、某甲乍入叢林、乞師指示、州云喫粥了也未、僧云喫粥了也、州云洗鉢盂去」。

趙州というお坊さんのところへ新入りの坊さんが修行にやって来ましたが、どのように修行したらよいのか分らないので、そのことについて質問しました。

すると趙州は「朝ご飯は食べたか」と聞きました。

その僧は「食べました」と答えたので、「それではお茶碗を洗っておきなさい」と言いました。

つまり趙州は日常の具体的生活こそが修行の現場だと教えているわけです。

「威儀(礼儀に関する細則)即仏法」という言葉がありますが、朝、人に会ったら「おはようございます」と挨拶し、靴を脱いだらきちんと揃えておく日常生活の中に禅の生活が生きているのです。

 

例二、「南泉因趙州問、如何是道、泉云平常心是道」。

趙州が師の南泉に「仏道とは如何なるものでしょうか」と尋ねると、南泉は「平常心」がそれだと答えました。

禅はなにも小難しいことではない、日常そのままの心でいることがそれだと答えたわけですが、これなども禅がいかに日常的・現実的であるかを示していると思います。

 

例三、「趙州因僧問、如何是祖師西来意(仏法の根本義)、州云庭前柏樹子」。

これは少し難しいですが、「仏法の根本義」というような抽象な言い回しを使わず、そこのところを「祖師西来意、つまり達磨さんが印度から中国にやってきた意趣」というふうに、またその答えも「目の前の柏樹」という具合に具体的な言葉で問答している点に注意してください。

 

先に禅を定義して「絶対無による日常の生活」と言いましたが、それでは「絶対無」はどういうものでしょう。

(絶対無と言いますのは、「有る」に対する「無い」という意味での、したがって相対的な意味の無ではなく、むしろそういう「有る」「無い」を超えているという意味で「絶対的」というのです。以下、簡単にただ「無」ということにします)。

実は無はどういうものでもないのです。

言葉でそれを言うことはできません。

なぜなら言葉でいうことは何等か規定すること、限定をくわえることになりますが限定されたものはもはや無ではありません。

無は言葉で説明することができないのです。

禅はそうした無の事柄でありますから、本来説くことができません。

これに関して禅の語録に次のような話が載せてあります。

「世尊、入涅槃に臨んで、文殊、佛を請じて再び法輪を転ぜしめんとする。世尊、咄して云く、「吾れ四十九年住世、未だ一字を説かず。汝、請じて吾れに再び法輪を転ぜよと。是れ吾れ曾て法輪を転ずや」。

訳さなくても意味はお分かりだと思います。

お釈迦さんの臨終に際して弟子の文殊が最後の説法をお願いしたのですが、「私がこれまで説法してきたとでも思っているのか」と、弟子の勘違いをお釈迦さんは叱責されたのです。

この話は「四十九年一字不説」として知られています。

「達磨面壁九年」といって達磨さんも何ら説法することなく、九年間ひたすら嵩山少林寺の壁に向かって坐禅されていたことになっています。

 

文殊とよく似た間違いを実は西田幾多郎も若い頃に犯してしまいました(と言っても、何も西田だけに限ったことでなく、誰でもやりそうなことですが)。

西田二十七歳の時のことです。

丁度、禅の修行を始められた頃に当ります。

西田は禅のことが知りたくて天龍寺の滴水和尚に日頃の疑問を手紙で尋ねたようです。

それに対する滴水和尚の手紙が残っています。

その返事には、「古徳曰、我に語句なく一法の人に与うるものなし、無、老僧此の外さらに教示なし、已来は筆談御免」と書かれています。

文中の「無」という字は特に大書されています。

禅の立場から言えば、滴水和尚の返事は老婆親切に過ぎるものでした。

不覚にも若き西田は言語を弄することによって和尚から痛棒をくらったことになります。

しかし、私はむしろそこに西田の真剣な態度も見たいと思います。

 

以上、禅は絶対の無の事柄であるが故に説明の言葉では届かないということ、したがって禅は理屈ではなく、日常世界において展開される具体的・現実的な行であることを申しました。

つぎに無の諸性格といったことについてお話ししたいと思いますが、その前にその根本的な性格について述べておきましょう。

無の根本性格と私が考えますのは、それが動的であるということです。

無というとなにか静的であるように思われましょうが、実は大変ダイナミックなのです。

無が動くというのはおかしいじゃないかと言われるかもしれません。

しかし、それは無を頭(普通の意識である第六識)で考えているからです。

真に無になったところでは(禅定、三昧、第九識)、確かに無の動性が体験されるのです。

そこのところを説明することは難しいので、他の哲学専門の方にお任せしたいと思いますが、いま私なりに理屈をつけるとすると、それは般若心経の文言にありますように無が有と相即していること(「色即是空、空即是色」)であるからでないかと考えます。

大乗仏教の無(空)は頭が考えるような、ただの空虚では決してありません。

無は有と相即しているがために、いわばその有を縁として無が有とともに動いて行くのだとおもいます。

 

そこで無の根本的な性格として動的であること、転じながら働いて行くこと、をまず指摘しておきたいと思います。

以下、ここから無の種々の性格が導き出されます。

 

一、無の動性は無なるがゆえに静的である。

「動即静、静即動」という術語は西田の著作中にしばしば登場してきます。

鈴木大拙はいつも「忙しい、忙しい」と言いながら、そのくせいっこう忙しそうには見えなかったと言われています。

これは達道の人に見る「動即静、静即動」の具体的な例です。

 

二、無の動性は無なるがゆえに(障礙なきゆえに)何ものにも縛られることがない。

自由自在である。西田のいう絶対自由とはこのことです。

無の世界と反対に有の世界では、意識がそのつど有にとらえられますから自由がききません。

仮に多くの不自由から解放されたとしても、有の世界では死の問題が最後に立ちはだかり、その問題からは自由になれないでしょう。

無に生きる禅では、本来、われわれは生まれもしなければ、死にもしません。

だから妙心寺開山の関山慧玄は「慧玄が這裡に生死なし」と言い、盤珪は「不生」の禅を唱えることができたのでした。

 

三、無の動性は無なるがゆえに(障礙なきゆえに)智慧となってはたらくときには電光石火のごとく俊敏である。

西田哲学の行為的直観とはこの種のはたらきだと思います。

 

四、無の動性は無の運動であるがゆえに、その跡かたを残しません(没縦跡)。

一挙手一挙足にとらわれがなく執着性がありません。(「歩歩清風を起す」)。

執着心の強い人あるいは固定観念の強い人は是非とも「無の油をさす」必要があります。

特に現代は社会が非常に複雑化してきていますので、それに比例して大変生きにくくなってきています。

そのため精神的な病に侵される人の数も増えています。

禅的無の生活はそうした病を根治するのにも有用だと思います。

 

五、無の動性は無なるがゆえに智慧と結びついて無限に創造的に展開します。

禅語に「無一物中無尽蔵、花有り月有り楼台有り」という語があります。

西田の明治三十八年の日記には「禅は音楽なり、禅は美術なり、禅は運動なり」とあります。

これらは無が創造的に展開することを示した表現です。

 

この講義は「総合生存学」の一環でもありますので、最後に禅の立場から、「ではどう生きていったらよいのか」ということについて考えておきたいと思います。

私はこれには無を生きた西田幾多郎の生き方がやはり一つの手本になると考えます。

西田の日記や書簡を通じて知られることは日常の世界への真摯な態度です。

西田は学者であったわけですから、それにあれだけの哲学を構築したわけですから、人一倍研究に集注していたはずです。

ですが、それを理由にして家族、友人、門下生など日常身の周りで起こる問題を疎かにすることは決してありませんでした。

西田にとっては本業と雑業の区別はなく、いわばすべてが本業であったわけです。

ですから、常に眼前の問題に全力で(全体作用的に)ぶつかりました。

禅の言葉に「時切り、場切り」という言葉があります。

「いま、ここ」に成り切って生きていくことを意味します。

西田の生き方はまさにそういう禅的な生き方だったと思います。

私はこれ以上の生き方を知りません。

京大講義「総合生存学入門、人文・社会科学における京都の知・世界の知」 (要旨)(平成26年5月2日、北野大雲)

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